藪から尻

高嶺の穴

ウリ

かわいい!たしかにかわいいけど、かわいいからと言って、品があるとは限らないと思う。さあなんのことやら。頬にまでヒゲが生えてきてこぎたないツラになっていても無頓着なわたしが、品について語ったところでそれは語るテーマをまるで間違っている。わたしはそれを良しとしているし、禿げていてもやや太り気味でも髭がボワワとしていても、それがいいと思うことのほうが圧倒的に多い。おいおい、そもそもこぎたないとは何なんだ?断っておくが、太っていれば誰でもいいということではないのだ。それから、禿げっていうのは、テストステロンが大いに分泌されているイメージがあって、胸毛があって、脚の毛も濃い場合なら、かなりエロい。で、ちょっと太っていてみたいな。そんな方と許可を取り合って抱き合ってみたいねえ。わたしの思想は結構きたない。それがウリ。

記憶を消しに来た男

「記憶を消されるよ!!」

やっとの思いで声を出すと、母と兄は驚いた顔で私を見た。家を訪ねてきた何者かが、玄関先にいた姉を捕らえ何かをしている。奴の指先が光っているのを見て、私は瞬時に理解した。殺しているのではない、あれは、記憶を消しているのだと。

夢というものはとても奇妙だ。記憶をなくすということは、死んだことと同じようなものだろう。

ある晴れた日

「今日は晴れているので、それだけでテンアゲですねッ!」

見ず知らずの人間に話しかけられて驚かないわけがない。ましてやテンアゲ……。まあ、目をぎょっと見開くという反応を示してくれただけありがたい。わたしがきちんとこの世に存在していることが証明できたように思う。

14番目の月

言葉にしないと伝わらないけど、口にした(言葉にした)途端、すっぽ抜ける、というか、筒抜けになる、というか、私以外がアクセスできるようになって、悪意なく抜き取られる、うーん……まあ、そういうようなことがあると言われれば、そうかもしれないなと思う。なので、それは仕舞っておいてさ、おいしいご飯を食べようじゃないか(だから、おいしいご飯を食べるのかもしれない!)
〽愛の告白をしたら最後その途端終わりが見える〜言わぬが花〜

美の城

そんなことに腹を立てようとしている自分が“キモ”かった。ゴミはクセえしキタねえからいいのではないか。市民たちの反射的あるいは意図的な、眉をひそめた顔や罵り声、それらも含めて、わたしの美しさではないか。ひとびとが蜜を抜き取りとうに朽ちたブーケを拾い集めて、わたしの毎日はそれはもう華やか。特にゴミ処理場は、途方もない美の城。きたないはきれいの予感。きれいは結果きたない。

発展場から出る、精液なんかがいっぱいついた山盛りのティッシュが入ったビニール袋も、パッカーくんは食べているのか?ああ流石だぜパッカー!それに、もう、君は何体の人間を呑みほしたことだろうね。一度もなかった、ということはないんじゃないかい。

舎人公園 3.14


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「この階段を登りきると、海が見えるよ」

嘘だとわかっていても、とってもワクワク。内陸de沿岸エクスペリエンス。舎人公園は、その地域特有の野蛮さを感じさせず、のびのびしており穏やかだった。ちなみに、王道の舎人ライナーは用いなかった。川口駅からバスで行くほうが30円安かったから笑。ケチくさルートと行っては怒られそうだが、窓の外はなかなか楽しかった。川口元郷、領家あたりに流れていた川の雰囲気がよかったし、建物が低く、空が広い感じがしたし(舎人公園に近づくにつれてそうつよく感じた)、家々がその境界に高い壁を設けていなくて、肩の力を抜いて暮らせそうな気がした(これはちょっと不確か)。帰りはモノレールを利用した。車体も車内も綺麗で、気持ちよく椅子でうとうとして、日暮里にて下車。JRに乗り換えた。

青空

空は青くて晴れていて、真っ白な富士山に手が届きそうだ。人々はいまから火葬場へ向かうらしく、黙りこくっている。物音ひとつ聞こえようものなら、きつい一瞥をその音のする方へ送りつけるつもりでいるのが見て取れた。それにしても、あんまり人々が静かなので、わたしは、死んだのはわたしなのではないかとすら考えた。しかしその直後、わたしは陽の眩しさに目を細めることになり、生きているらしいことを悟ったのだった。ただ、あんまり人々が静かなので、このままこの列車はなんらかの事情で大破し、わたしは死にゆく運命なのかもしれない、別れの言葉を用意し伝えねばならない、と一瞬だけ、まさしく一瞬だけそう思ったのだ。空は青くて晴れていた。少しだけ怖くなっていた。

男らしさ

男らしさが好きだ。女らしくないゲイって、うらやましい。ぐはあっ。ナンセンスなセンテンス。男の男らしさっていいよね。例えば男が寅壱を穿いて闊歩するとサマになるけど、わたしがそれをやってもだめなわけ。わたしの男と彼の男が違うからだ。あるいは男が褌に足袋、脚絆に手甲を身に着けよう。サマになるね。しかし、わたしがそれをやったら途端に世界と摩擦して静電気みたいにモヤアってする。わたしに宿るものと彼に宿るものが違うからだ。おっとっと、寅壱だの褌だの、わたしのシュミが筒抜けになっている。まあいいのさ、だっていっとき、すごく惚れていたのよ。ただ自分という男には似合わないことがわかってきて。あ、そうそう、最近ひとに言われたのは、わたし服ダサいんだって。その日、家まで帰るのホント大変だった。みんな見るなよ!って胸の中で叫びながら、それでも無印良品に立ち寄ったことはいい思い出。

思い過ごし

思い過ごしのうちに死ぬことが多い。たいてい、誰かの行為を許せなかったときに起こる。真っ黒い煙をもくもくと立ち昇らせて、いわゆる『炎上』を脳内で開催するのだ。内容はいたって短絡的で、その誰かがうんと傷つくようなことを口に出しまくる、といったもの。炎上会場は脳内だが、今日は上下の唇によって実演はキッチンで行った。包丁で野菜を切りながら、子供が思いつくような痛い台詞を、体を力ませ響かせる。これを、わたしは一種の死と呼ぶ。わたしはよくこのように迂闊に死ぬことがよくある。