四角い豪雨

買ったビールは、店を出てすぐ開けた。吹き出さないように、慎重にタブを持ち上げていく。プシュッ!のっぺらぼうのサンタクロースが現れる。ホラーなサンタクロースは見たことがない。もしかして、タブーなのだろうか?こんな世の中、いくらでもサンタクロースのバリエーションは考えられるし作り上げることもできるというのに、血みどろのナタを担いでいるサンタクロースの姿は今まで一度も見たことがない。いや、待てよ、それを言ったら血みどろのナタを持っていて、しかもしっかり返り血を浴びた、まるでイクラまぶしご飯を思わせる駅員も見たことがない。もしかすると、スジコを何度か白いご飯の上にタップした、と言った方が伝わる場合もあるかもしれない。とにかく、迷惑な客がいれば即ナタ血ブシャー、即ナタ血ブシャーというような、あまりにも短気すぎる駅員の格好をした殺人鬼も見たことがない。いや、待てよ、それを言ったら真っ白いシーズーを散歩させながら血の滴るナタを持っているおばさんなんか、見たことがない。ビールは空になった。夫婦のような男女を追い抜いた。ジジイのようなババアが自転車を漕いでいた。「じゃあ今からチーズケーキを食べようね!」と子どもの声がした。ボールがバットに打たれて草むらに逃げ込んだ。二本目は開封された。痰が絡んだpeugeot!ものの二分で足を六箇所蚊に刺される。眩しい夕陽だ。サンダルを脱いで、蚊を追い払うのに振り回していたら、生垣から人前に飛び出すヒヨドリのように勢いよく飛んでいってしまった。サンダルは、雨が降っている北町団地の、ちょうど濡れ始めた地面の上に滑り込んでいった。「ちょ……ルンダル〜!」私のサンダルの呼び方だ。北町団地の一角には強い雨が降っていて、ルンダルはさっさとずぶ濡れになって、ふんぞり返っていた。このようなサンダルはそう多くは見かけたことがない。私はルンダルを蹴飛ばし、二階のベランダに着地したのを確認してから団地の階段を上っていった。「ごめんください、ごめんください、ほんとごめんなさい」初めて訪れる家を力任せに叩く初めての人間になるべく、なるべく強く叩く。「ちょ……叩きすぎだから笑」知らない声が理由の思いつかない笑いを帯びながら玄関に近づいてくる。「はいはい、今開けますから……どうかしましたか笑?」「私のルンダルが、お宅のベランダに……」「ルンダル?……ああ、どうりでベランダが騒がしいと思ったんですよ汗」女のようなスラリとして華奢な様子だが、雰囲気は古いアパートで洗濯物を干す白いタンクトップを着たジジイそのものである。私は訝しげに奴を見て、部屋を覗き込んだ。「ちょっと……ボウリングのピンなんか、ボウリング場に行って見てきてくださいよ夢!」私はなぜか奴に怒られてしまう。ボウリングのピンを探しているような目つきだったのだろうか。「あのー……ルンダルが」「あ、あー!ルンダルね!わかったよ。ルンダルンダ〜……笑」奴はどうやらベランダの方へ向かったようだ。この団地は、玄関を開けると電球があり、廊下とも言えないほど短い通路が客を出迎える。右手はおそらく風呂、その先の右手はトイレ……おや、その先の右手の扉は……?「お兄さん、ルンダルって、これのこと賭?」奴が部屋の奥から走って持ってきたのは、かなり埃を被った却って履きづらくなりそうな靴べらがすっかり錆びたものだった。「あの……これでも構わないんですけど、ルンダルではないので、もう二度と私の目の前に持ってこないでください」「あ、ごめんね汗」そうこうしているうちに、ルンダルが自ら玄関までやって来てくれたので、私は団地をあとにする。四角い豪雨は今、街道沿いのマンションの方へ移動したらしい。そちらの方角から、滝のような川が流れて道路を海にしている。白や黒の鋼鉄の鯨が、道路のわきに打ち上げられ動けなくなっていた。私はルンダルに短い髪の毛を刺しながら歩いた。「ルンダル、だめだよ、勝手に他人のベランダに入って、勝手に玄関から出てきたりしたら」

公園

小さな鳥が、木の中に入っていった。見上げている子どもが二人、その鳥について調べているらしく、土を通して声を伝えあっていた。「あれはヒナバガヤリだよ」「ちがうよ、モジオリオリだ」完成形が近いセミが耳を塞ぎながら穴の中から出てきて、便所の方へと向かう。寝ぼけた子どもがムクリと起き上がってさまよい出て行く後ろ姿そのままだ。土の中に響く子どもたちの声は、相当うるさいらしい。しかし、どこにも注意書きなどはなく、むしろ禁じられている行為がテントを張ること、この一点のみだった。公園には穏やかな風が吹いていた。丘の上に設けられたこの公園からは、遠くの景色を見渡すことができる。左手には筑波山、正面にはスカイツリー、右手には海の森、靴底によっては商船三井客船が浮かぶ海を望むこともできる。そして今、公園から出過ぎた枝たちが、近隣のボランティアによって折られている最中だった。鮪並木がその様子を見下ろしながら呟いた。「今年度中になんとかするって、言ったんじゃなかったっけ」彼の目の前には主語も目的語も沢山あるため、大抵の生物はどれが主語でも目的語でも構わないと思っていた。この公園に来ると、そういう傾向になる。彼は誰にもろくに返事をしてもらえないどころか、チラリと見やられるだけだった。誰もが鮪並木の声に振り向きもしないでいると、何事もなかったかのように時計の長針がカタリと時計回りから反時計回りに変わってしまうことがほとんどだ。彼を無視すると大抵いいことがない。完成形に近いセミがぞろぞろと便所から戻ってくる。既に便所にこもっていた個体が何匹か居たようだ。彼らは何やら会話をしている。「俺たちのソーシャルディスティニーってのは、コンテンポラリーなものなのか?」「エントロピー増大の法則に従っているだけのことじゃないのか?」「なあ、ソーシャルディスティニーって何だ?初めて聞いたのだが」「言葉ってのはそのひとつひとつに主体性が埋め込まれた、不可逆的存在なんだよ。そうだと思わないか、君?黙って聞いていれば聞いた通りに理解できるし、理解した分だけ黙って聞いていられるんだ」「うーん、よくわからないよ。潜ったらまた教えてくれ」彼らは穴に入っていった。先ほどの子供たちと言えば、今度は帽子を玩具にして丘の上から飛ばして遊んでいる。「あ〜あ、また拾いに行かなきゃ」「なあ、これって面白い?」「あんまりかな。でも、本当につまらないってわけじゃないし。今何時?」「えーっと……あ!また逆回りしてる!」やはり今日も反時計回りになってしまっているらしい。子どもは続けざまにこう叫んだ。「なあ、鮪並木のとこ行く?」「いや、この帽子問題を片付けてからにする」「りょ」カツ丼クラブの老人たちが公民館から出てきて何やら喋っている。「もう、ずいぶん前だけど、ココナッツってあるじゃない」「ええ、おいしいわよね。ウチでは毎晩畳の部屋に飾っていますわよ」「あら、それでは窓が綺麗でしょうねえ」「それで、ココナッツがなんでしたっけ」「そうなのよ〜」カツ丼を毎昼食べる会だけに身体は元気そうだが、頭の方には刺激が足りていないらしい。ココナッツを畳の部屋に飾るっていうのは、たしかエアコンのフィルターに対して効果があるのではなかったかと、鮪並木が彼らを見下ろしながら考えていた。

カケっちゃん

ゴルフ場の脇を通って坂を上がると、道路の南側にはテニスコートが2面、その対岸にはバレーボールコートが2面収められている市の施設が現れる。その施設の中から、マクドナルドの袋を持っている男性が5人出てきて、自転車置き場の方へ向かっていった。彼らは近くの第三工業高校の生徒と思われる制服を着ていた。マクドナルドの袋を持っているのは5人のうち4人で、袋を持っていない残りの1人は阪神のユニフォームのような縞柄の手ぬぐいを首や肩、腕や腰などから垂らしていた。手を抜いたとか時間がなかったとかそういう問題ではなくセンスがなかったとしか言いようがない文化祭の肝試しの化け物役のような彼は、腕に掛けた手ぬぐいを落とすまいと、両腕を前に伸ばしたまま歩いている。「カケっちゃん、もうそろ飲むっしょ?」どうやら手ぬぐい高校生がカケっちゃんらしい。身体の至る場所から垂れ下がる手ぬぐいのせいで飲み物すら袋から取り出すことができない友達に、喉が渇いたろう、そろそろ飲んだらどうかと、一人の青年がドリンクをカケっちゃんの目の前に差し出す。このとんでもない友達を思いやる青年の愛情に胸を打たれたのか、2名の女学生が彼らの前で卒倒する。西瓜を太い桐の棒で割ろうと試みたような音が辺りに響いた。「いや、今飲んだらその分減っちゃうだろ。もうちょっとしてから飲むよ」「カケっちゃん何言ってんだよ、今飲まなかったなら、その分今より増えることなんかないんだぜ?」「みんな本当にそれを信じているのか?増えたほうが嬉しいじゃないか」「そりゃ嬉しいが」「嬉しいけどなあ」「カケっちゃん」「んだよ」「飲まねえなら、俺、飲んじゃうよ」「あー、少しならいいよ」心やさしい青年はストローを咥えて、冷たい管を唇で愉しんだ。やがて彼らは一人また一人と自転車に跨って走り出し、カケっちゃんも慣れた様子でサドルに座り、颯爽と駆けていった。

川沿いの交差点の角は、板橋区の熊野町交差点のように年中イルミネーションが瞬いている。こちらは交通事故防止を願うようなものではなくて、町内会長の前世パリピ現世もパリピおじさんがただやりたくて光らせている場所だ。「ジョッチ、さっき飲んだんじゃないの」カケっちゃんは、後輪に巻き込まれた手ぬぐいを解きながらジョッチに尋ねる。どうやらドリンクの重さを確認してみたところ、購入時と変わっていないらしかった。「飲んだよ。どうして」「減ってないんだけど」「おー!まじか!飲んだのに増えてるってやつ!」「本当にそんなこと有り得るのかよ?」高校生たちは一気に盛り上がった。するとすかさず花火が横から流れ込んできて、大きな音とともに弾けた。火花が耳に入って垢を焼き、湿っぽい洞窟はささっとサウナを開業した。前世現世パリピおじさんが花壇に仕掛けている装置の運転条件に合致する行為をしたことが、事の発端だと言ってしまえばそれまでだった。ジョッチは答える。「吸って口に入れて味わってまた管を通して元に戻したよ」「げぇ〜!きったね〜!」「雑菌雑菌!」それを聞いたカケっちゃんは眉間にシワを寄せ、激しく唸った。「え〜、俺、それ飲まなきゃいけないのかよ」

画期的

鳴いている。あまり聞いたことがない声だ。バードウォッチングをするような格好をして池のほとりに立つおばさんに、わたしは尋ねた。「すみません、あの……もしかして、あの声の主ですか」「そうなのよ、最近多いのよ!……ねえ、見る?」おばさんは持っていた双眼鏡を首から垂らして、自由になった両手をライクアバード羽ばたかせて、たっぷりまとった日の光を周囲にまき散らした。幸い、目に入って痛んだり赤くなったりするようなものではなかったので、わたしは彼女の隣でそれを目一杯浴びながら、下がりそうな口角を努めて上げ続けた。その結果、わたしは見事な三日月を顔の下部に浮かべることに成功している実感がした。三日月はやがて、泣き止まない赤子を確実に大人しくさせるゆりかごに姿を変え、おばさんは満足した様子でゆりかごに上ってくる始末だ。「ねえ、どうだった?ハリー・スタイルズでも聴いているようなテンポで揺れているのね、おねえさん」「残念ながら、ハリー・スタイルズのアメリカン・ガールズではないんです。MGMTのキッズです」「あれがラジオのスピーカーから流れてきたときは、もうカックテキ食ったわ」おばさんは口の中でポリポリと音を立てる仕草をした。実際、音もきちんと鳴った。なんということだろうか。大根も食べずして、ポリポリと口の中で音を鳴らせる女をわたしは初めて見た。人々が自分自身の目玉を抉り取って口内に設置して大根のような音が鳴る様子を直視したくなるような技を、女でも成し遂げられるのか――わたしが高校時代に付き合った男は、靴を履かずして靴べらを踵に挿し込むことができる奴だった。わたしに靴べらを持たせて、俺の踵に挿し込んでみろと、からかってくることもあった。あまりにも気乗りしなかったので、適当に挿し込んだところ、どうやら場所が悪かったらしく流血していたっけ――わたしはおばさんの技にすっかり驚いてしまい、それをいつできるようになったとか、じつはあんたのその膨らんだ頬の内側にお気に入りのカックテキを仕込んでいるのではないかとか、そのカックテキは西所沢の駅前を出て左……ちがう、右か?いや、中板橋……上中里の……あれこれ質問することを忘れてしまった。とりあえず笑って、なんか発言しておこう。「あはは!えーと……そこは画期的だった、って言うんじゃないんですか、普通なら」「普通も何も、あの時はもう驚くしかなくて。せっかく驚くなら、カックテキ食べながら驚きたいと思ったわ。夜中の2時だったけどね」「刺激物を摂取する時刻ではないですね、普通に考えて」「普通も何も、あれはいい思い出よ。その日は3時間だけ眠って、仕事に行ったわ。帰ってきて、カックテキ食べよ〜なんて思って冷蔵庫を開けたら、なぜか見当たらないのよ」「つまり食べきってしまったと、普通に考えて」「普通も何も、どういうわけか電子レンジの庫内に入っていたのよ!」「そこは普通に考えましょうよ」「普通に考えた結果、電子レンジの庫内にしまっちゃったのよね」「いやめっちゃ普通すぎる!」わたしはおばさんをゆりかごから突き落とした。

いい布団

ケツ論を申し上げると……あ、悪ぃ……下品なイントネーションだったよな……ケツ……ケ、ケツの穴見てコーフンしてみてぇな!!う〜ボッキ!!ボッキ!!ドピュドピュン!!ケツ穴の開閉が速すぎて、ザーメンも思うように飛ばねぇ!!う〜馬鹿らし!!あーしかし、飛んだとて??ぐ〜〜!!悪ぃ悪ぃ!!でも、考えてみろよ??脳はヒタヒタ、脳のヒダヒダはグチャグチョ、そうなる瞬間が、今よりは確実に多くなるわけじゃんか??え????

人間の肌に触れたり、肌に唇を接近させたり、局部をどうこうっていう経験は、人生に何をもたらすと思う??あ??人生に何をもたらす??人生は、生活は………あ、図書館行こうかな……と思うような天気・気候・気分のときに、あ、セックスしようかな……と思うようになることだろ??選択肢が増えることだろ??いったい何が何にもたらされて何が何なんだ??死にてぇよこちとら死んだほうが勉強になりそうだ!!!

人間てさ、とにかく金が掛かる生き物。服着なきゃなんねぇし、器に載ったメシ食いてぇし。カラスみてぇによぉ、いい匂いのする袋突っついて、その日暮らし、かと思いきや、なんだかんだで歳をとることに成功する、みてぇな、そういう生きかたできねぇかなって……浅ましい夢を見る……人間誰しも……うーん、そんな夢見ねぇよな、そうだよな……

くそ!!つまらねぇ!!死んだほうが、想像の範疇にない世界に行くっていう意味では、相当面白れぇと思われますよ!!うん!!ええ!!はい!!おおおお!!

人間の大概は、センスがない。とにかくセンスがねぇんだ。特に、人間界だけで通用する、カネの使い方とその使い道を考えることについてはな!!だから、こいつら、自分のセンスのなさに殺されて死んでいてダサくてつまりとてもみっともなくて、だから不幸ってことにしているんだよな。人のせい。みっともないって認めるのが恥ずかしいから、不幸っていう言葉に置き換えて騒いでいる。ダサいダサいダサい……人生の洗浄のために、死があると思い実行するのは、意味不明に追い詰められた人間ばっかりで!!ふてぶてしくなれよ!!生きなよ!!誰かに頼れよ!!迷惑かけろよ!!厚かましくなれよ!!生活保護!!護られろよ!!落ち着け!!まあいい!!なんでもかんでもオナニーさ!!勝手に精液飛ばして逝ってりゃいい。帰ってこれるんだもん、いくらでも逝ってこいってわけだ。馬鹿らし!!何の話だよ!!安い赤ワインの、せいにはしねぇよ!!ば〜〜〜か!!!!言いたいだけだ!!黙って耳に入れとけ!!どうして人を殺そうとして人に刃を向ける前に、自分を殺そうとして自分に刃を向けないのか……??向けたのか……そうか……京都西川のとてもいい布団に寝たことはあるか??いい布団に寝ろよ!!いい布団でひと月眠ってから感想も人生も、語れよ!!

二つのコップ

つまりね、寄りかかりあって、端から見ていて胃もたれするくらいに二人がもたれあっているならば、俗に言う恋人なんだと思う。ちょっとでも距離が遠のいたり、遠のいたような気にでもなれば、寂しくなる気に掛かる涙が出る怒りが湧く……ようするに恋人ってのは、水が入ったコップなんだよ。支えるものがなくなったら、こぼれる。なくなったと感じただけでも、こぼれちまうんだ。面倒くさい時期だよ、こぼしたくないからね。俺たちなんだかんだ言って、潔癖な民族なんだよ、なんなら恋人よりも一張羅の方が大事かもしれん――いやあ、仮に赤ワインなんか、想像してみろよ、たまったもんじゃないだろ?なにも無理して一張羅なんかで、着飾るもんじゃあねえよな――ああそう?そんなことない?――それでな、その、恋人ってのを超えたらどうなるか。つまりね、コップの中身はなくなる。空っぽなんだよ。互いに飲み合っちまって、すっかり空なんだよ――おい!首をもたげたって面白くねえよ、つまらない冗談はよしやがれ――いやしかし、梅雨が明けたみてえに清々しいな――それでな……話はどこへ行った?返してくれ――つまり、相手の要素を全部取り込んだわけだ。こういう時はこう言うだろう、このメニューの中からこれを頼むだろう、嘘をついている言動だ、落ち込んでいるようだ元気であるようだ……といったように、相手の状態をほとんど知り尽くした状態になる。これが空のコップ、つまり、恋人の次の段階なんだと思う。ここで、空のコップの役割について考える。注がれる何か、降ってくる何かを受けとめて、どこへも流れないようにする、受けとめたものを誰かに飲んでいただく……人間てのは、時には何かにもたれ掛かって、支えられていないと立っていられないくらいに弱くなる時があるんだよ。そしてその時は、空っぽだったはずのコップがそれはそれはひたひたになっている。ひたひたのコップは、やはり、こぼしたくはない――なんだかんだ、潔癖だからね。こぼしたら汚れるし、汚したら掃除は必要だしクリーニング代は掛かるし、クリーニングが終わるまで時間が掛かるし、いいことなんか何一つない――基本的に、服が汚れるのは嫌だと思う民族なんだよ俺たち――汚れてもいい服、売ってます!って理由で、しまむらやパシオスやジーユーが存在しているとは到底思えない――アベイルはしまむら系列だ――コルモピア?――ほらまた、どっか行っちまった。目が覚めたら、小手指だったみたいな感じだ――なんでもねえよ――まあ、だから、言いたいことは、恋人の次の段階ってのは、相手がコップをひたひたにして倒れそうな時に、一滴たりともこぼさないように(服を汚さないように)自分のコップに受けとめてあげようじゃないか、ってことだ。こぼさずに受けとめるには、それ以上の容量がなくてはいけない、だから、日々を生きるうえで、コップの形を大きくしていく必要がある。少しずつ少しずつ、コップを拡げていくんだ――お互いにね。それから、大事なことを言い忘れていたが、受けとめたものは、そのまま返すことはできない。なんらかのスパイスやハーブを混ぜて、相手に贈らなくてはならない――俺は段々、何を言いたいのかわからなくなってきたよ……ようするにね、独自に編み出した特効薬を混ぜて、相手にお返しをする、飲んでいただくということだ。そうだ……そういうことだ……結婚するとか同居するとか、そんなことは問題ではなくて、恋人の次の段階ってのは、それまでの恋人という肩書きみたいなものはなくっちまうし、もはやそれも問題ではなくて、その人が笑顔で、幸せに生きていけるように、どうしたらよいか考えて実行してみることなんだよ。触れられる距離でずっと見守ることが大事なのではなくて、落ち込んだり悲しんでいたりしたら、また笑って前向きに生きていけるように、肩を抱いてあげるとか、背中を押してあげるとか、頷いてあげるとか、つまりその……元気な時は元気に生きていく力に漲っているわけだから勝手に元気に生きていくはず。だから、そういうときは物理的にも精神的にも距離をとって、遠くから少し見守っている程度が健全だと思う。問題は、弱ったときなんだよ。弱ったときの人間は本当に弱るからね……それを、ひどくならないうちになんとかしてあげる、どうしたらよくなるか考える、耳を傾けよく聞いてあげる、ときに提案する……ふう、やっと、まあ、俺なりに、思ったことさ――ずいぶんとまどろっこしい言い方をしやがって、みてえな顔しやがって!――ま、そういうこと。あー疲れた。

パードゥン

電車が駅に近付いて(機械が訳してくれた、檻体液という、なんだかとんでもなくいやらしい汚らわしくてくさそうな(?)単語でもよかったのだけど、やっぱりそういうわけにはいかなかったね笑……)、人々がドアの前に集う。彼らは皆、この駅から歩いて帰れる場所に家がある――そう思うと、うれしくなった。皆、ああもうすこしで、自分のわがままが利くエリアで偉そうな呼吸ができるのだ――。そう思えば思うほど、わたしは悦に入ることが分かっていたので、そう思いながら人々を見送った。彼らを、彼らの生活を収める空間が、この駅から500m以内、おそらくそう遠くはない距離に、あるのだ。そう思うと、そう思えば思うほど、陰茎をしごいたかのような、充足感のようなものが得られた。陰茎をしごくよりずっと建設的な、社会的な快楽に満たされるのだった(?)(!)

大男の傘

西に朝日が沈んでしまったので、思い詰めた顔をしている僕は、傘立てに刺さっている傘――ざっと十以上はある――を一個ずつ開くような真似を、あたかも今日からの三日以上は晴天であることを心から願うかのように、やり遂げる必要性に追われた。朝日が沈んだ今、太陽の鳥が目を覚ましたようで、街の上空を見事に羽ばたいている。灯りの心配はいらなそうだ。僕は一本目の傘を開いてみた。同時に、ささみフライが降ってきた。口が首の後ろで咄嗟に反応して、どうやら咥えているらしい。「おい、見てくれよ!ほとんど喉が噛みついちゃってるぜ。食道へ届けちまおうか?」すると、足元のタイルが寝返りを打つ子どものように動きだし、各々傾斜角をつけ始める。バランスが取りづらい。学生の間で一時期流行った足の外側で立つ格好になる。「返事がないから、とりあえず送っといたからよ!」口の声が頭の中に浮かぶ。やがて胃の中に19cm、130gくらいのささみフライが降り立ったのを感じた。僕は続けて傘を開こうとした。しかし、本来ならば下部に降りているはずの筒状の部材が見当たらない。きつく縛られ閉じているビニールの内側に移動してしまっていると思い、片目を閉じて覗き込んでみると、ひき肉を包んでいるキャベツが一つ……いや、三つ……見れば見るほどにそれ以上あるように見えて目眩を誘う。いやはや、驚いた。最近の傘の内側は、食材を載せるテーブルかトレーの代わりになっているのか?僕はたまらず三本目に手を出す。すると、持ち主と思しき顎の先にたんまり髭を蓄えた大男が手を伸ばし、僕の腕をつかんだ。僕は彼を睨みつける。「悪いけど、邪魔しないでほしいね。僕には、開く義務があるんだよ」大男は顎の先を覆っている大量の髭を右手でつまみ、右のもみあげの方へ伸ばしたかと思うと、僕の腕をつかむ左手をぐいと引き上げ、傘から離れた僕の手を黒ぐろとした森の中へ投げ込んだ。あまりにも勢いが強かったので、僕は顔の半分も森の中に入ってしまった。「おい!何をするんだ……ぐぇっ…ぺっ!ぺっ!」声を出すと口の中に、細い枝や弦がなだれ込んできた。呼吸を妨げられた僕は全身に力を入れて、森の中から頭を抜き出した。勢いで、僕は競うように傾きあっているタイルの上に手をついた……いや、背中か?ふくらはぎが、宙を向いているような感覚だ。僕は気を取り直して、大男の方へジャッと身体を向けた。「ふざけるな!していいことと、悪いことがあるだろ!」口が僕の視線を伝って大男の喉の奥で叫んだ。「ボーイ……オマエの、ぺっぺっと散らした粘度の高い唾液は森の養分……どうだ、実がなるころに、連絡しようか?」「しなくていい。第一、あんな蜘蛛の巣のように密集した空間は日光が届かない。仮に僕の唾液が養分になったとしても、収穫は望めない」「何も今決めつけることはない……」大男は腕を伸ばし、僕の背中から尻を通って大胸筋の上に腕を引き延ばし、閉じていた指を開いて、閉じては開くを繰り返した。胸の上に悪戯好きな蜘蛛がいるようだ。「おい…や、やめ……やめろよ……」「なあ、ボーイ……」大男は震える声帯を僕の股の上に当てて音を半ば強引に押し込んできた。「なあ、ボーイ……返事はしないタチなのか?」(できないよ……!蜘蛛は遊んでいるし、しかも……それは、反則だぞ……!)「ボーイ、それでもオレの傘、開きたいか?ボーイ……わかっていると思うが……オレはもうかなり開いているぞ……それでもいいのか?」(……やめろよ……せこいぞ……あぅっ……ん……よろしくないぞ……)「ボーイ、大胸筋の位置、どこにしたい……ここか?それとも、ここか?」(やめろやめろ、やめろー!)僕は、口がタイルたちが作り上げた傾斜の窪みに落っこちているのが見えた。これじゃあ、何を言っても聞こえないわけだ。僕は仕方なく全身の力を抜き、大男を睨む視線の温度を高めていった。チリチリと大男の額に焼けるような音が貼り付いた。

楽しい

頬をつねってみる。涙が流れた。目の前の通りで誰かがゴミ袋を漁っているような音がして、耳を澄ますと、雨が自転車カバーを叩く音だった。すぐに止んで静かになった。

生まれた時から息を吸って吐いて、酸素をうまいこと全身に巡らしている。教えてくれた誰かを目を閉じて考えてみる。そうすれば眠れるかもしれない。目を閉じる……教えてくれたであろう人物の姿がぼんやりと現れる。男か?女か?男のような雰囲気が全身の輪郭に漂う。男のような雰囲気って、何だ?そもそも人の形をしていない……人じゃなかったら……猫か?猫が言う「生まれたらね、こうやって……ちがうちがう!指なんか気にしないの!……そうそう……そうやって吸って……吸ってる?……あっあっ……肝臓?肝臓はいいから!心配しないで、ほら……指のことは忘れなさい……吸った息を……吐いて……そう、吐くの……そう!よくできたじゃない!」喋り方からして、少々落ち着きのない女のようだ。猫は続ける「わかった?生まれたらね、吸って、吐くの。できるわね?」猫の姿を思い浮かべていたが、急にゴールデンレトリーバーのイメージがよぎってしまい、猫は輪郭のとろけた犬へと変化する。犬は言う「悪いけど、楽しむっていうのは、生まれてから身につけてちょうだい。ここでは教えられないの……楽しいこと、いっぱいあるわよ……楽しい、楽しい、楽しい……ほら、楽しくなってきたでしょう……」

寝る前に読むつもりだった枕元の本に声をかける「ねえ」当然返事はない「寝ちまったのかい。13ページに書いてある眠れそうな一文を、僕が眠ったらそっと語ってくれるかい」「いいとも。では早速」「僕が寝てから頼むよ」「いいとも。では早速」「わかった。聞かせて」「……稲はすっかり沈み込み、俵を夢見る気持ちが失せてしまった……」「……ありがとう。よく眠れそうだよ」そして僕はあっさり眠ってしまおうと心に決めたのだった 。

0629原文ママ

昨日の自分の言葉を見て、光に依存しているから捨てるor捨てない……Kに私は勝てない、光が頼りたい人と一緒になればいいのだ……とかなり自棄になって(でもないが)それでもかなり冷静に考えて言葉を選んで書いていたなと……結論は、今日会ってみてお互いに依存し合えているなと(頼れる、というか一緒にいて心地が良いと)あくまで私だけの感想ではあるが、実感。丸っきりKの方に気がどっぷりハマっているワケではなさそう。そりゃそうだよな笑 面白いこと言えないけれど、それ以外(顔とか身体とかが魅力的ではない、ということはあるかもしれないが)においては、わりとよくできたタイプであると思うワケだ。自惚れSorry♡まーでもやっぱり早とちったワケだ。もらった鍵も返そう、Kに渡した方が余程良い筈だと。昨日の自分の良かったところは、自分の気持ちを整理する為に、思いっ切り力強く紙に書き出したことだ。あれをやらなかったら私は今日顔を見るなり、怒りに溢れたか、涙で前が見えなかったか、だ。これは自分の昨日(入れ替え推奨)ありがとうに尽きる。自分が早トチリだってコトも、ある程度把握できているらしい。コレも功を奏した。とにかく今日はよかった。私の勝手に行き過ぎた想像であり、彼は私を存分に必要としてくれているらしい様子を存分に私に見せてくれたこと、これが真実で、救いでもある。