出前

出前

出前を頼んでから三十分もしないうちに、玄関のベルが鳴らされ、好きな人を見つめるように眺めていたスマートフォンを放り投げて私は駆け出した。その時点で既に何かを期待していたらしい私は、ドアを開けた瞬間裏切られたと思った。そこに立つ彼はどこか具合が悪そうなのだ。毎日百件近い注文を、それも、見ず知らずの人間が食べたいと熱望した料理をその家まで届けることにうんざりしている――私だったらそう思うのだが――というわけではない。彼は決して疲れている様子でもないのだけれど。

「ごくろうさまです」

この言葉があまり好きではない。だのに、それを使うのだから、具合が悪いのは私のほうらしい。ドアを静かに閉めたあと、しばらく遠ざかる足音を聞いていた。やがて消えてしまうと、妙にさっきよりも孤独が強まった気がした。いやしかし、いい香りだ。この界隈ではわりと有名な店らしく、ある口コミサイトでは星5つの評価ばかり。ワクワクしながら蓋をあけ、湯気がわっと立ちのぼったとき、彼の姿が思い出される。上がっていた口角が、ひきつった。

いつも何を食べているの?と聞けば、そっすね、だいたいコンビニ弁当かカップ麺っすね、という二択を平気で返してきそうな男だった。ひどい話だ。熱いうちに食べよう。形を残したトマトが、いかにもおいしそうだろと言わんばかりに、ごろごろとパスタの上に寝転んでいる。丁寧にスプーンとフォークで掬い上げ、口の中へ放り込む。おお、うまい!こりゃうまい!!しかし次第に咀嚼する音だけがBGMであることに気づくと、おいしいだけにむなしいのだった。