夏休みの空

夕方の空は、夏休みの、宿に向かうときの、あるいは、宿に着いたときの空だった。だからあんなふうにしばらく見上げていたけれど、それは文字通り空っぽなことだった。

特別扱いしすぎてきた。しすぎただけあって、脳味噌も「これは特別なんだ」って、相当鍛えられたんだと思う。特別なことって、なにか?旅行、帰省――意外と少ない。これしかなかった。わずかふたつのイベントに、当時は人生のヤマ場を設定していたと思う。

もうひとつあった。週末のかもめ町だ。あれは格別だったのかもしれない。

夕方の空は、夏休みの、網張温泉に向かうときの、あるいは、網張温泉に着いたときの空だった。夏休みの空だった。特別扱いしすぎた夏休みの空だった。

脹脛の紗

歩いてきた勢いのまま椅子に腰かける人の体の使い方についてあれこれ言う必要があるわけがない。ただ、もう、なんというか、まるでビーズクッションをぺらぺらの紙ぐらい薄くぶっつぶしたら勝ちみたいな座り方が気になってしまうだけの話。

彼の脚。おそらく彼はスポーツマンであろう。首は太く、7月の湿った風に晒された脹脛もまた太い。そこは黒く細い縮れたひじきたちによって薄く紗がかけられ、鮫のようなわたしの視線攻撃に対応している。このような、健康的かつ活動的な体躯に発生する悩み事とは、いったいなんであろうか。彼の悩み。彼の小豆色のショートパンツ。全身ワークマンでコーデした模様。とても似合っている、そしてあなたは爽やかなことをここからお伝えする次第。それではさようなら。

いっぱいのパーティー

パーティーは、飲むのも食うのも放題だった。ゆえにパーティーだった。放題によって羽を与えられたパーティーは、紙皿と紙コップを持ち、ひしめき合って談笑する客たちの間を「今日はパーティーですよ!」と、間違っても葬式と間違われないように半ば叫びながら飛んでいた。

端の柱にもたれかかって会場を見渡していたわたしは、いつのまにか喪服に着がえていたようだった。すべての想像しうるパーティーに孤独な人間の姿を思い描かないだけに、少しでも孤独のようなものを感じていることに、とてもみっともなさを感じていた。美味が酷使され、浪費されていく。このろくでもない視点はとことんパーティーを台無しにする。それもまたパーティーだった。

GARDENより海を眺めて

GARDEN

鉄の板をくり抜いてある。それは自立する場合があるし、土に刺さってやっと立つ場合もある。GARDENは玄関にあったり、庭にあったりする。いろんなGARDENがある。おしゃれなGARDEN、おしゃれふうなGARDEN、ちゃっちいGARDEN、とりあえずGARDEN。人の好みに合わせて、姿かたちを変えて、GARDENはありとあらゆる場所に現れる。じつにフレキシブルなGARDEN。しかしなぜGARDENなのだろう?なぜ△○□ではなく、□□□□でもなく、👀でもなく、:。"❜でもなく、CURTAINでもなくGARDENなのだろう?それをまたなぜGARDENに置くだろうか?GARDENとくり抜いて売っているからだろう!思考停止の宣伝を、人の敷地が請け負っている。

空き地の植栽。ずらりとアベリア、ずらりとサツキ。無いよりは良いんです、無いよりは良いんです、よね?

植物を植えることは、二酸化炭素の減少にはつながらないらしい。植物は大気中の二酸化炭素を、炭素に変換して体に蓄えて生きている。植物は、死ぬと微生物に分解され、その際に蓄えていた炭素が二酸化炭素となって大気中に放出される。つまり、植物が生きているあいだは、大気中の二酸化炭素を植物の体内に固定できる、大気中の二酸化炭素が減っているように見せることができる。アベリアやサツキの寿命は長い。

長井仮屋港という漁港がある。目の前には団地がある。幾度となく、そこでの暮らしに憧れた。朝起きるときも夜眠る前も、海がそこにある暮らし。海がそこにある暮らしは、錆がそこにある暮らしでもあると聞く。それでも、海がそこにある暮らし。

ミチルと誠二

分け入っても分け入っても杜撰ラダ※……まちがえた!取り分ける皿取り分ける皿みんな白い皿……パン祭りか! ※杜撰ラダ……杜撰なサラダ

焼かない、揚げない、炒めない生活において、セージやバジルの使い道にはたと困る。困ったときの、生。セージは大変苦いものの、不味でなく風味がよく、気分を良くしたわたしは、そこから2枚3枚4枚、苦味はうまみ…!苦味はうまみ…!と某伊右衛門のあれを唱えながら、昼の空腹を満たした。

「それじゃ満ちるわけないじゃない!!!」

ミチルの怒った腕は、二本の屋久杉のように力強く真っ直ぐに立ち、力強くテーブルに根を張った。

「ミチル、落ち着いて。いくらなんでも誠二くんとバジりたいからって、馬事公苑ではあまりにもひねりがなさすぎる。扇町へ行きなさい」

扇町?東扇島の勘違いじゃなくて?もう、お母さんてば何にもわかっていない。どうしてSuicaであんな途方に暮れるだけの町へ行かな

 

はっしーどうしてるかな。彼が元気でどこかで暮らしていることも知る由もないことを思い知る今が楽しい。オーケーの野菜が高い。

かき分けてもかき分けても暑いヤバ

帰りはそんな気持ちで一歩一歩確かに歩いてきた。こんなに暑くて喜んでるのノウゼンカズラだけだろ。奴が怒った顔をしているのを見たことがない。花は皆、そういうものである。

顎剃っても頬剃っても青いヤダ♡

賑やかな時間

あーもー早く旅行行きたいーーー!

文末に長音符を三つも並べられるほど元気な友。それとは反対に、わたしは旅行が苦手になった。わたしはいわば忠実な犬なので、疑いの余地なく東京の、それも賃貸住宅にあっさり帰ってきてしまうことに、途方に暮れてしまうから。

旅行とはなんだろうなと思う。見るもののない街は、行くに値しない場所なのかな。寂れた観光地はなぜ寂れたのだろう。

そこへ行ったという経験のことだけを言えば、旅行は、この先の人生のどこかで話のネタとして役に立つことはあると思う。でも、行ってきただけなのである。少なくとも、わたしがしてきた観光や旅行というものは。

あっ!いけね、ここでまた金の話になりそうだ!

街が賑やかなのは、街が勝手に盛り上がっているわけではない。そこには人間がいて、人間が街を盛り上げているはず。賑やかなことはいいことだと思う。そういう場所は、人間たちが会話をし、議論をし、協力して作り上げている場所だと思うから。

もっと誰かと話さなくちゃと思う。誰かと話したいと思う。そこから、何かしらの、ともに作り上げることへ繋げたい。繋げなくちゃいけない。そっぽ向いているばかりじゃ、いけない。

出水管・入水管

修行僧たちが修行をした先に見えるものが、修行をしないわたしと異なっているだろうか。俗世と隔絶されたとはいえ、俗世の片隅、町村の一部なら、家賃4手取り15の一般市民の生活と大きな隔たりがあるわけが――

金のことで、なぜにこんなにも陰鬱な気分になるだろうか。欲しいものがあるのだろうか。それはいったい?生きていけないのだろうか。それは本当?

自分が飢えて死ぬぶんにはかまわない。あなたが貧しさを苦に、飢えて死んでいくのは耐えられない。あなたの未来が貧しいものだと信じている間違いを正す能力が駄目になっているらしい。いまわかったことは、わたしは杞憂のプロだということ。何かお困りのことがあれば、拍車かけます。ご依頼お待ちし――

そんなわけで、股ぐらを右手の真ん中3本の指で擦る。知っている気持ちよさが、脳内に花を開いていく。パンツを脱ぐ。鏡の前に立つ。ミル貝の水管のようなあれが、だらしなくそこにある。顔は自分、下はミル貝。痩せていて、モテそうにない。独特な味が、若干の需要を生ずることを期待して。

筋トレはやめた。なぜなら、モテるためだったから。

モテてる

見える部分が第一の
印象なのは仕方ない
実際わたくしだって

生えてる草は努力を知らない
知らないながらも屈強な
生きてるくせに努力をしない
しないからして横柄だな

見えてる所が大体を
物語っても構わない
事実わたくしだって
多分あなた様だって

落ちてる石と何ら変わらない
変わらないならまあ別に
生きてくなんて何ら意味ない
意味ないわりに臆病だな

見える所から考察を
深めないのは浅はか
ああめんどうくさい

生きてく君は努力惜しまない
惜しまないからモテてる
生きてるだけで丸儲けだから
だからただのただの怠惰

生えてる草は努力を知らない
― ―知らないのは誰だい
生きてくだけで特に意味ない
意味ないわりに意味深な

今日は

旅行をしない夏休みはコンクリートの四方固め
季節なんてあるのが悪いといよいよ責めるものもなく
わたしが一歩あるくときシカトされた空間は
バッタになって跳ねてみなけりゃつまらないばっかりで

今日は人間やめたい とことん虫になりたい
今日は人間やめたい とことん鳥になりたい

旅行ありきの人生だなんて思考回路は上四方固め
季節は過ぎて冬にもなればああにっぽんの春は恋しく
わたしの一歩のあいだにはアスファルトそして吸い殻と
顕微鏡を通して見たとてそれ以上はないようで

今日は人間やめたい とことん犬になりたい
今日は人間やめたい とことん猫になりたい

自由が利かない民主主義は…と、カタめの言葉でがんじがらめ
季節に応じたあなたのもてなしただただ味わいたいだけでして
わたしが一歩あるくときシカトしていた空間で
アリンコ潰れて死んだからって弔うっつったって

今日は人間やめたい とことん草になりたい
今日は人間やめたい とことん雲になりたい

鳩のアチュラチュ

チューズデー。鳩のアチュラチュに目を奪われた
生きてることわかりたいならああして盛ればいいんだね
こんなとこ、かまわずに
楽しいかな、楽しいよな
誰かの噂になるのも辞さないその姿勢!

CHUしてえ…鳩のアチュラチュにチャクラがひらいた
――とでも言っておけば人知れず可笑しいものだね
そんなこと、いいとして
情けないかな、情けないよな
誰かの視線を気にしてはしゃげないこの体!

チューズデー。鳩のアチュラチュを電車が蹴散らす
いつだったか誰かが死ぬ場所に選んだ線路脇
柵がない、策がない
ああ、知れないのは、知れないよな
何に厭になりどんな気持ちで流したのかい、その涙!